その英雄は、一度死んでいる

第5話 ハーリーの森にて1

 翌朝、オーガストに香木のことを伝えると、難しい顔をされた。

「大切な荷物や、重要な交渉もある。狙われてもおかしくはないが、あまりいい気はしないな」

「それはそうでしょう。下手をしたら命を落としてもおかしくはなかったんですから」

 エセルバートの言葉に、オーガストは力なく笑う。

「きみたちが依頼を受けてくれて助かった。エセルバートの実力は知っていたけど、他の二人もなかなかの手練れのようだし」

 レナルドは歯噛みしていたけれど、オーガストたちの側できちんと役割を果たしていた。

 今は御者二人の様子を見ていてくれている。それを見てエセルバートの目尻が柔らかく下がる。

 ヴェイセルに関してはエセルバートも驚いた。

 力任せとはいえ斧槍の扱いはとても上手かった。

 武器を振るう様子はまさに戦神のようだった。

 敵対していたらどうなっていたかわからない。

 彼も魔人と人間の戦いに参加していたようだし、出会ったのが戦時中ではないことが奇跡のようである。

「代わりの香木も確認したけど、半分くらい使えなかった。それもハーリーの街で補給すれば、なんとかなるはずだ。他の荷物も確認したが、そ

ちらは問題ない。不幸中の幸いか」

 狙われた割に敵のやっていることが杜撰な気もする。

 運任せのところもあるし、確実に仕留めようと狙ったわけでもないのかもしれない。

 エセルバートはオーガストの仕事を知らない。

 できれば命を狙われるようなことからは手を引いてほしい。

 この男の献身に比べると冷たいように感じるかもしれないけれど、エセルバートは深入りする気はない。

 男に視線を向けると、皺を刻む眉間を揉むようにしていた。

 けれど、すぐに顔を上げてにこりと微笑む。

「さあ、早く準備をして先に進むとしよう」

 出立の準備を終えると一行は先へと進み始めた。

 視線の先には緑が生い茂る森がある。ハーリーの森だ。

「森の中では何が起こるかわかりません。特に魔物の襲撃が多くなるので、気をつけてください」

 皆頷いて馬を進める。

 森の中は日の光が多少あるものの、葉で遮られていて暗い。

 人間が整えた道を通りながら、皆周囲へと警戒する。

「頭は低くしておいてください。できるだけ植物には触れないように」

「わ、わかりました!」

 レナルドの注意に御者は声を裏返しながらも頷く。

 森の中なだけあって、植物系の魔物が多い。

 蔦や植物に擬態した蟲系のものもいる。

 突然目の前に蔦が垂れ下がってきたり、蟲が視界に飛び込んできたりするのを片手剣で薙ぎ払う。

 素手で触れると巻きつかれたり、噛みつかれたりする恐れがある。

 荷馬車の方はヴェイセルが対応し、オーガストが乗る馬車はレナルドの結界で守られている。エセルバートは殿を務める。

 三人で連携を取りながら、森の中を進んだ。

 それほど深い森ではないから、二時間前後で抜けることができるはずだ。

 けれどすぐに魔力の波長を感じ取る。魔物の気配が近づいてくるのがわかった。

「レナルド、何が来ているかわかるか?」

「目を飛ばしてるけど、蟻だな。フラワーアントだ。少なくとも十はいる」

 魔術師は片目を閉じながら答える。

 魔力を眼に集めて遠くを見る魔法、千里眼を使っているようだ。

 千里眼は魔力を遠くに飛ばして使う魔法で、偵察するのに向いている。

 若いながらしっかり対応している。

 ちらりと視線を向けて頷くと、レナルドも視線だけで応じる。

「面倒だな」

 ヴェイセルの声にエセルバートも唸る。

 フラワーアントは背中に大きな花を咲かせている巨大な蟻だ。

 背丈は一メートルにも満たないが、とにかく数が多い。

 土の中に巣を作り、森の中によく生息している。

 巣の中で大量発生していると、いくら倒してもきりがないくらい出てくる。

 一体一体はそこまで強くはないけれど、一度狙われるとしつこいのだ。

「巣は近くにないみたいだから、これ以上増えないと思う」

「一体ずつ倒すしかないか……?」

 ヴェイセルの言葉にしばし考えて、エセルバートはレナルドに声をかけた。

「氷魔法はどのくらい扱えるんだ?」

 彼は的確に意図を汲み取って、聞きたい答えを口にした。

「辺り一面凍らせるくらいならできる」

「なら後ろで三人を守りながら、足止めを頼む」

「わかった」

 レナルドが頷くのを見ると、ヴェイセルに視線を移した。

「俺とお前でいけると思うか?」

「大丈夫だろう」

 冷たい美貌には挑戦的で、余裕の笑みが浮かんでいる。

 獰猛にぎらつく赤銅色の瞳を見て、エセルバートは微かに笑みを刻む。

「楽しそうだな」

 ヴェイセルに言われて、首を傾げる。

「それはヴェイセルの方だろう?」

 問い返すと意外な答えが返ってきた。

「目がそう言ってる」

 つい剣を持っていない手で顔に触れてしまう。

「……そうかもしれない」

 ぽつりと呟くと、ヴェイセルは目が眩むような笑顔で頷いた。

 作戦を練り終わると、一行は馬を止めた。

 三人はそれぞれの位置について魔物が現れるのを待つ。

 魔物が向かってくる方角にヴェイセルとエセルバートが並び、その後方に商人と御者の三人を守るようにしてレナルドが立つ。

 魔物が嫌う香木も焚いているけれど、フラワーアントは背中の花の匂いが強烈であまり効果がない。

 それでも気休め程度にはなるだろう。

 それほど時間が経つことなく、甘い香りが周囲を満たし複数の蟻が姿を現した。

 前方から周囲に広がり、囲うようにしてこちらの様子を窺っている。

 顎をギチギチと鳴らして互いに意思疎通をしている。

 この魔物は知能はそれほど高くはないけれど、連携は得意なのだ。

 徐々に距離を詰めてくると、蟻の一匹が襲いかかってきた。

 大きな顎くらいしか武器はないが、一匹を相手にしていたら後ろから不意を突かれるなどよくある話だ。

 今回はヴェイセルとつかず離れずの距離を保って、魔物を相手にする。

 エセルバートが正面の蟻の攻撃をいなして首を切り落とすと、背後にいるヴェイセルが他の方角から襲いかかる蟻を斧槍で叩き潰す。

 剣を持つ手が震え、体内の血液が逆流するような興奮を感じる。

 鏡で見てみないとわからないけれど、おそらく目は爛々と輝いているはずだ。

 ときどき触れる体温と、聞こえる息遣い。

 ウルフレプトの時も感じたけれど、背中を預けられるのは彼しかいない。

 睨むようにして蟻を見て、戦闘に集中する。

 その視線を受けた蟻が一瞬怯えたように躊躇する。けれど、一瞬硬直した後再び襲いかかってきた。

 それを切り伏せてじっ死骸を見据える。

 このフラワーアントの動きは、どこか操り人形のように歪だった。

 怯えたのは戦闘が不利だと感じたからだろう。

 けれど、その後の無理矢理身体を動かされたような動作が引っかかる。

 しかしそんな思考もすぐ霧散する。

「エセルバート、集中しろ!」

「わかっている!」

 ヴェイセルの声にエセルバートも応えて、再び意識を蟻へ向けた。

 二人が蟻を相手にしている後ろではレナルドは結界を張っている。

 彼は蟻の討伐には手を出していない。エセルバートの指示をしっかり守っている。

 なぜここまでレナルドに信頼されているのかはわからないけれど、とても行動しやすい。

 徐々に周辺を覆い尽くすほどの蟻が現れる。

 そのタイミングでエセルバートは声を上げた。

「レナルド、今だ!」

 叫ぶのと同時に、大きな魔方陣が地面に現れた。

 レナルドの青い瞳が薄らと魔力で輝いているのが遠目でもわかる。

 かんと杖の先を地面に打ち据えると、瞬く間に地表が氷に覆われていく。

 蟻が逃げる隙をまったく与えない。

 ほとんどのフラワーアントの足が地面から繋がるようにして凍結し、その場で動けなくなった。