麗しの騎士は、英雄と呼ばれたくない

第19話 薬を盛られる2

 エリアスの実の両親が公表されたことで、上司である彼にも影響が出ているのだ。

 貴族たちからの疑問や、エリアスと話がしたいといった希望まで様々だ。

 対処をはじめて数日が経つ今でも、忙しさは変わらない。

 優秀な王子といえどもさすがに疲弊したトリスタンが、癒やしを求めても仕方がないだろう。

 休憩くらいならいくらでも取ればいい。ただ、部下と向かい合って茶を飲むのはどうなのだろう。

 現在のエリアスは英雄の息子であり、ただの騎士ではなくなってしまっている。

 国王から一目置かれる存在として、注目を浴びている。

 それでもロベルトの存在を気にして、あまり騒がれてはいないようだけれど。

 ロベルトが息子を溺愛していることは国王と息子の王子たち、そしてその側近や重鎮たちは知っている。

 それを伝え聞いた貴族たちも手出しはしてこない。

 ただ知らない輩も中にはいて、以前絡んできた伯爵のような貴族もいるのだ。

 目の下に隈を作るトリスタンを見ていると、心が痛む。

 直属の部下なのだから、こんな影響も出ると予想はしていた。それでもいつもより大変だろうくらいにしか思っていなかった。

 けれど、実際目の当たりにすると、罪悪感のようなものが浮かぶ。

 のんびりとふたりで茶を啜っていると、来客の知らせが入る。

 セドリックだった。

 部屋に入ってくると、まっすぐにエリアスの隣を陣取る。

 距離を詰めてくるわけでもないのに、顔には満面の笑みが浮かんでいる。

 その笑顔にはどこもおかしいところがないのに、裏で考えていることを思うと腰が逃げそうになる。

「セドリック兄上、どうされたのですか?」

 ここ最近、セドリックはトリスタンの部屋に通っている。その目的がエリアスであると、この場にいる人間は皆承知している。

 今までの穏やかなセドリックは、被っていた仮面を捨ててしまい獰猛な本性を隠さなくなってしまった。

 おとなしい草食動物が狂暴な肉食獣へと変貌した様子に、驚く人間は多かった。

「トリスタン、エリアスを俺にくれ」

「……またそれですか」

 直談判されているトリスタンではなく、エリアスが嫌そうに顔を歪めてセドリックを見る。

 本音を丸出しにして、欲求をぶつけてくるセドリックにはじめは戸惑ったし、煙に巻いたりもした。

 けれど何度かやってきても諦めない第二王子に、エリアスもこの部屋の中でなら気安く話すようになっていた。

 そうしなければ、トリスタンが兄王子の強引さに負けてしまいそうだったのだ。

 弟王子がなんとかできるとは思っていなかったけれど、一方的に押されている様子は呆れるしかない。

 トリスタンが悪いのではない。セドリックがしつこすぎたのだ。

 エリアスが丁寧に接すれば不機嫌になるし、不機嫌なままトリスタンに強く言い募る。それをエリアスが止めると、さらにセドリックの機嫌は落ちていく。

 悪循環である。

 巻き込まれたトリスタンからするといい迷惑だろう。

 エリアスが素を出すだけでも多少は好転したのだが、それだけでは不十分だった。

 強気に出なければ、断るどころか対応すらできなかった。

 トリスタンは素の兄王子に慣れていないし、周囲の側近も戸惑っていて当てにならない。

 本人が言ったとおり助力をしてくれると言ったものの、まったく頼りにならなかったのだ。

 今までの第二王子なら誰かに執着することはなかったはずだ。

 それなのにセドリックはしつこいほどエリアスの周辺に現れた。どうしてそんなに執着するのか疑問が湧くほど粘ってくるのだ。

 彼ほど優秀な王子の下で働くのは、エリアスも楽しいだろうと思う。

 もっと早く、セドリックと気安い関係になっていれば話も違っただろう。

 けれどエリアスはトリスタンに仕える騎士であり、身軽に仕える主を変えるわけにもいかない。

 しかも今のエリアスは誰かの騎士でいられるような状況にもない。

 ロベルトの息子が特定の王族の下にいると、今後の王位継承に影響が出てくるはずだ。

 そう考えると、騎士を辞めなくてはいけないかもしれない。

 憂鬱な今後を考えると、胸の辺りがもやもやとしてくる。

 そう思って胸の辺りを抑えていると、正面にいるトリスタンまで同じような身振りをしていた。

「ふたりともどうした? 顔色が悪い」

 セドリックの声に反応しようとして、どくり、と体内が大きく脈打つ。はっとして食べたものを見た。

「ぐっ」

 トリスタンも顔を青くしてその場で背中を丸めてしまった。

「殿下!」

 エリアスの隣で心配そうにしているセドリックと、トリスタンの側に集まる護衛騎士が騒ぎ出す。

「魔力が……」

 目を見張るセドリックが呟く声を聞いても、エリアスには返事をする余裕がない。

 体内の膨大な魔力が、セドリックが触れていないのに波打っている。

 魔力は以前と比べるとかなりおとなしくなっていた。

 最近はセドリックが側にいることも多く、身体が状況に慣れてきていたのかもしれない。

 それが突然乱れた。

 食べ物に何か入っていたとしか考えられない。

 トリスタンも苦しげな表情をしている。けれど今のエリアスほどではないだろう。

 魔力が暴走しそうなほど、体内の本流は激しい。

 落ち着けなければと焦る。それでも今までとは違う原因のせいで、どうすればいいのかまるでわからない。

「エリアス!」

 戦慄く手で、側にある服を掴む。

 はくはくと口が開閉するけれど紡がれる言葉はない。

 その様子を見たセドリックのアイスブルーの瞳孔が、縦に裂けて広がった。

「誰がお前に薬を盛った?」

 アイスブルーの瞳の変化を不思議に思う間もなく、威圧感が部屋に満ちる。

 セドリックの怒気がびりびりと身体に伝わってくる。

 びしりと部屋の壁に亀裂が入った。

 周囲にいる侍女たちも顔を青くしている。

 セドリックの覇気に怯える人間の叫びや悲鳴が響く。

 部屋の中は軽い混乱状態になっていた。

「兄上、おちついて……くだ……」

「大事な番に薬を盛られて、冷静でいられるか!」

 弱々しいトリスタンの声にも、怒鳴り声で返している。

 番と言う言葉を聞いて咄嗟に頭が追いつかないけれど、どうやらエリアスのことを言っているらしい。

 今の状況で冷静に考えている自分に驚きながらも、セドリックを落ち着かせなければと、なんとか口を動かす。

「おちついて、……部屋が壊れたら、おれも潰れる」

 絡まる舌をなんとか動かして、声を出す。

「しかし……!」

「おれの顔を、ぐちゃぐちゃにしたいのか?」

 問題ばかりの顔面を考えるとそれもいいかもしれない。しかし今後のことを考えるとそれはないとも思う。

 脂汗を掻きながら苦笑すると、セドリックはしばらく黙った後、細く長い息を吐き出す。

 瞳の瞳孔は縦に裂けたままだったけれど、覇気は完全に消えていた。

 この後のことを考えると頭が痛い。魔力が体外に出れば部屋が破壊されるのは想像できる。

 ただ結果がわかっていても、無理に乱される魔力を抑えることは難しい。

「つらいか?」

 セドリックの言葉に頷く余裕はない。今にも意識を手放しそうな勢いで眠気が襲いかかっていたのだ。

 魔力暴走の誘引剤だけでなく、眠り薬も入っていたらしい。

 どうやってでも、口に入れた人物の意識を奪いたいらしい。

 魔力暴走を起こさせたいのか、それ以外のことが目的なのかはわからない。

 ただこのまま眠ってしまえば、暴走する魔力はエリアスの制御を完全に離れてしまう。そうなれば部屋が破壊されるどころの騒ぎではすまない。

 壁に吹き飛んで大穴があくことも予想できた。

 おそらく、この場でエリアスの魔力をどうにかできるのはセドリックだけだ。

 以前受けた彼の魔力調整ならば、エリアスの魔力が暴走の域に達していても落ち着いたのだから。

 心配で顔を歪めるセドリックを見て、その可能性に懸けると決めた。

 もう意識が持たない。

 閉じようとする重い目蓋に抗いながら、セドリックを見上げた。

「どうした?」

 震える唇を動かすと王子が耳を寄せてくる。

 とん、とセドリックの胸を力ない拳で叩いた。

「あとは、まかせる」

 アイスブルーの瞳が大きく見開かれる。

 けれど次の瞬間には、セドリックの顔に噎せ返るような艶やかで甘い笑みが浮かんだ。

「任せておけ」

 安堵が胸を満たすのと同時に、エリアスは意識を手放した。