麗しの騎士は、英雄と呼ばれたくない
第17話 かわいくない嫉妬2
騎士団の中には平民が多く含まれているところもあるし、実力があれば身分については問題なく就ける仕事だ。
実の父親であるロベルトももとは平民である。現在は伯爵の身分ではあっても、出自ばかりは変えられない。
一部の貴族は、英雄であっても身分が低い元平民だというのが気になるらしい。それでも表立って絡んでくる人物がいるのは予想外だった。
誰の息子か真実を知りつつも、未だこういう貴族が絡んでくるとは思わなかった。英雄がどんな立場にいるのかわからないほど、頭が悪いのかもしれない。
面倒だと考えながら男の対応をしているせいで、返事がおざなりになってしまう。
相手もそれに気づいているようで、どこか表情が険しい。苛々しているのがありありとわかる。
どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。
「サザランド殿は何かお悩みのようだな。普段からそうでは、殿下の警護もままならないだろう。殿下はなぜあなたのような人をお選びになったのだろうな。やはり平民に近衛騎士など荷が重いのだ」
男は舌打ちしながら話をしている。
口から出た発言がエリアスだけではなく、彼を望んだ第三王子のことを批判していると分かっているのだろうか。
近衛騎士として主を貶されて黙っているわけにはいかない。
エリアスが口を開こうとすると、大きな魔力の渦を感じ、ぞわりと背筋が粟立つ。
反射的に背後を振り返った。
「……セドリック殿下」
エリアスの様子に貴族も気づいた。しかしその顔は一瞬で青ざめた。
竜騎士団の制服を着たセドリックは、普段の穏やかな表情は消して、全身から怒気を露わにしていた。
身のうちに抱える大きな魔力が影響を受けて空気が震えるほど、セドリックの周囲は不穏である。
エリアスも魔力が多いけれど、セドリックもかなりのものだとわかる。
魔力が怒りと同調して、身体から外に溢れている。
神竜の血筋であることも影響して、周囲に威圧感を与えてくる。
鍛えられた騎士や、耐性のない者には毒だ。
案の定、伯爵は脂汗を滲ませてがくがくと震えていた。
「殿下、覇気を抑えてください。伯爵が気絶します」
「ああ、すまない。エリアスのことを馬鹿にするような発言が聞こえたから、つい魔力が漏れてしまった」
うっかりやってしまったと穏やかに笑いながら言うけれど、まったく穏やかな事態ではない。
神竜の威圧は抑えたようだが、それでも怒りが収まらない様子で、魔力はそのままである。
神竜の覇気が消えたとしても、膨大な魔力は普通の人間にはきつい。
そちらも抑えてほしいけれど、エリアスが言う前にセドリックが口を開く。
「あなたは身分だけですべて判断しているようだな。どれだけそれが愚かなことか、分かっていない。英雄の息子を馬鹿にしてただですむと思っているのか? ロベルト殿は息子をとても溺愛している。そんな彼に睨まれたとあれば、陛下に愛想を尽かされても仕方がないな」
「ひぃ……っ!」
ようやく自分の失態に気づいたのか、男は今にも意識を失いそうなくらい土気色に顔色を変えた。
「エリアス・サザランドほど優秀で強い騎士は他にはいないというのに……。彼の本質を見ない人間が、なぜこれほど多いんだろうな。皆くだらないやつばかりだ」
「セドリック殿下……」
会話を聞いていたエリアスは呆然とする。そんなふうに見られていたことに感動すらした。
けれどだんだんと声が低くなるセドリックに気づいて、伯爵の方へ顔を向ける。
「伯爵、失礼ですが、私はこれから予定が入っているので、そろそろ行こうと思います。あなたも予定が入っていましたよね」
有無を言わせない強い口調で言うと、伯爵は一瞬呆けた。だが、セドリックから漏れ出る微かな神竜の覇気に気づいて、慌てて頷く。
「ええ、そうでした。私も暇ではないのです。それでは、サザランド殿、殿下、御前を失礼致します」
怒りは治まっていないようだが、エリアスの意図に気づいたセドリックは、頭を下げる伯爵に頷いて下がる許しを出した。
逃げるように離れていく伯爵の背中を忌々しく見ている王子に、エリアスは呆れた。
「何やってんだよ。腑抜けの王子を演じるのはやめたのか? そんなんじゃいつか周囲に本性がばれるぞ」
トリスタンの話は聞いていたが、本当に演技をやめたようだ。
実際に見ると、本来のセドリックは容赦がなく、価値がないと判断したらばっさりと切り捨てるような男なのだと知る。
窘めるように言うエリアスに、セドリックは穏やかな視線を向ける。
先の言葉でまだ感情が落ち着かないエリアスは、仏頂面を作るのに苦労した。
騎士に絡まれたときもセドリックに助けられたけれど、そのときの態度とはまるで違う。
あのときはエリアスに対しても疑うような態度であり、警戒されていた。
今は騎士として認められていることを嬉しく思う。
けれど王子の言葉に、ここまで喜びを感じる自分に戸惑うのも事実だった。
「俺の気に入った男に対して不躾なことを言うからだ。多少お灸を据えねば気が済まない」
喜色を表へ出さないように感情を抑えるのは難しい。
頬の筋肉が引き攣らないように注意した。
「まあ、正面切ってお前を批判するような輩は減るだろうが……。気に食わないな」
「何がだ?」
「あの男、エリアスの優秀さや実力をまるで分かっていない。どれほどおまえが希有な存在か皆わかっていない。出自だけで決める馬鹿が多くて辟易する」
怒りが収まりきらないのか、王子はアイスブルーの瞳を細めて伯爵が去って行った方角を睨み付けている。
「いや、そんなことしなくていいから」
「当のおまえが、あの男をかばうのも気に食わない。お前は俺だけを見て、俺のことだけ考えていればいいんだ」
横柄なことを言う男に対して、面食らう。
もしかしてそうなのだろうかと、思いついた思考を否定する。けれどセドリックの怒りは収まりそうにない。
「早くトリスタンのところから俺の下に来ればいい。そうすれば、四六時中一緒にいられる」
想像するだけで楽しいのか、セドリックは子どものように無邪気な笑みを浮かべる。
「……もしかして、さっきの伯爵と、トリスタン殿下に嫉妬してるのか?」
あり得ないと思いながら口から出た疑問に、セドリックはきょとんとしている。
その表情から、自分の勘違いかと安堵した。
「そうだよな、まさか嫉妬なんてしないよな」
漏らした言葉はすぐ否定された。
「俺が嫉妬したらおかしいか?」
子どものようにむっと唇を尖らせた男にエリアスは驚愕した。
「素直に認めんなよ」
予想と反した反応にどう返せばいいのかわからない。微妙な表情のエリアスに、セドリックは口角を上げて笑う。
「かわいいものだろう?」
「自分で言うな」
まったくかわいげがない先程の脅しを思い出して、疲れた溜め息を吐き出した。
これから何かしらエリアスに問題が起こると、セドリックがしゃしゃり出てくるのだろうか。
王子として権力があるのだから、セドリックはエリアスを守ることが可能な立場である。だが、それだと男として悔しいと同時に情けなさも感じる。
ふたりの間にある身分と権力の差を思うと眉間に皺が寄る。
エリアスの思考に気づかないセドリックは、真面目な顔をしてさらに言う。
「あれから周りは大丈夫なのか? 何かあれば俺に言え。トリスタンにでもいいから、ひとりで抱えるなよ」
子どもに言い聞かせるような言い方で、笑いがこみ上げそうになる。
どれほど身分が高い男だと知っていても、エリアスの前では幼子のようにわがままを言い、そしてそれ以上に心を砕く。
「なるようにしかならねぇよ」
なおも心配そうにしている男に、苦笑をこぼす。セドリックにとってエリアスは守る対象なのだろうか。
「俺はそんなに信用がねぇのか?」
「信用しているさ。ただ、俺の心が狭いだけの話だ」
その原因はエリアスにあるとわかっていても、気づかないふりをした。
エリアスはセドリックの思いを受け入れたわけではない。
けれどはっきりと拒絶もしていない状況に、男が不安になるのもわかる。
受け入れる気はないはずだが、どうしてはっきりと断ることをしないのか。自分自身がよくわからない。
黙ったエリアスを見て、セドリックは挑むようにアイスブルーの瞳を向ける。
けれど、彼の想いを知るエリアスには、強がっているようにも見えた。
「追い詰めたいわけではない。もう少し、俺の入る隙間を空けてほしいだけだ」
本気で口説くと言って強く押してくるかと思えば、こんなふうに弱さも見せる。
ずるい男だと思う。
こんな態度をされると、強く拒否できない。
「まあ、気をつけるさ」
受け入れたいのか、離れたいのかわからない感情を抱えて、これからのことをどうしたものかと悩む。
彼に心配されるのも、信用されるのも悪い気はしない。
それでも同じ気持ちを返せるのかと問われるとよくわからない。
好意はあっても、恋ではない。
それがエリアスの正直な気持ちだった。