麗しの騎士は、英雄と呼ばれたくない
第16話 かわいくない嫉妬1
その日、トリスタンの私室へ行くと、部屋の主になんとも言えない視線で出迎えられた。
不思議に思っていると手招きされる。
怪訝に思いながら近づくと、疲れたように息を吐き出した後、トリスタンが口を開く。
「兄上から事情を聞いた。あの兄上がな……。未だに信じられない」
言われてはっとする。
様々なことが重なってしまい、エリアスの口から直接説明する機会がなかったことに気づく。
「何を言われたんですか?」
「俺のところから引き抜いて、自分の騎士にしたいと……できれば個人的にも側に置きたいと言われた。つまり、伴侶としてエリアスを望んでいるんだろう?」
セドリックは嘘偽りなく、そしてとてもわかりやすくトリスタンに告げたようだ。
もう少し婉曲に言うこともできただろうに、なぜそうしなかったのか。
なんとなく、ただエリアスの雇い主というだけで対抗意識を持ったのかもしれないと思った。
セドリックは粘着質で、しつこい性質だと今は知っている。だからそれも不思議ではないと思ったのだ。
「……そういうことだと思います」
おかしな誤解されるより真実が伝わっている方が喜ばしいはずなのに、まったく嬉しくない。
「話を聞いて何日か経つが、あれほど積極的な兄上ははじめて見る」
「何を仕出かしたんですか? あ、いえ、やっぱり聞きたくありません」
エリアスを手に入れるため、セドリックが裏で画策しているのだとなんとなくわかった。
普段のセドリックは大きな猫を被っているし、周囲を警戒しているのか兄弟の前でもその姿勢を崩さない。
その場にいなかったエリアスには、ふたりがどういう会話をしたのか分からない。
「急に目が覚めたように、あれこれ手を出しておられる。今までおとなしくしていたのが嘘みたいだ」
どうやら、セドリックは愚鈍な王子の演技をすることをやめたようだ。
セドリックの変化が今後どのように影響するか、想像できない。
あれこれ考えても、エリアスがどうにかできることでもない。
あの強い男に求められるのは悪い気がしないけれど、今のエリアスの立場は微妙である。
真実を公表されたこともあり、これ以上王家に近づくことは難しい。
自由でいたいのなら、できるだけ王家とは距離を空けたほうがいい。
首輪をつけられでもしたら堪らない。
額に手を押し当てて、思い悩むトリスタンを見ながら、彼の思惑についても思考を巡らせる。
この王子は専属護衛だとエリアスに思わせたかったようだが、ロベルトの実子だと公表されてしまった。
そうなると、今後は専属護衛になることが不可能になる。
王子の誰かに英雄の息子が肩入れすれば、政治の均衡が崩れてしまう。
トリスタンの思惑通りに事態は動かなくなったのだ。
彼のことは今でも友人だと思っている。
今まで専属護衛だと思い込まされていたことに対して、複雑な思いはある。
利用されていたのに、まだ友人だと思うのはおかしいのかもしれない。
けれど、裏切られたという気持ちはない。
王子という立場が難しいものであり、友人にすら真実を明かせないこともあるのだと理解している。
だから彼に騙されたからといって、エリアスには許す、許さないの話にならなかった。
ただ信頼できるか、できないかということなら難しいかもしれない。信用はできても、それよりも強い信頼はできない。
エリアスにとってトリスタンはそんな存在だった。
それでも、友人である彼が困ったときは助けてやりたいと思うのだ。
「セドリック殿下からどう聞いたのかは知りませんが、変なことを言ってませんでしたか?」
「いや、先に言ったとおりだ。俺はエリアスを手放すつもりはないんだが……」
エリアスは真実を知ってしまったし、英雄の息子と知られた現在は無理な話である。
けれど敢えて突っ込まないでおいた。
そのうち国王から何か伝えられるだろう。
「兄上が笑っているのに、まったく穏やかに見えない表情をするなんて。……お前、いったい何をしたんだ?」
「特に何もしていませんよ」
特別何かをしたつもりはない。
ただ一晩宿を借りて、話をしただけである。
魔力調整もしたけれど、あれは応急処置だ。
言われてみれば不思議ではある。
なぜ今まで接点のなかった第二王子に強い感情を向けられているのか、エリアスにはわからない。
真実はセドリックの胸の内にしかない。
それでもあの王子の執着は本物だった。
しかもエリアス自身も王子の想いに嫌悪を抱いていない。
応える気はないのに、セドリックに欲されて喜ばしいとまで思ってしまった。
その思いは、友人に近い好意のようなものだ。決して恋い焦がれるようなものではない。
できれば、今以上に面倒事は御免被りたい。
そんな思いはあるものの、果たしてエリアスは逃げ切ることができるだろうか。
美貌の顔を悩ましげに歪めて悩んでいると、トリスタンが息を吐き出した音が聞こえる。
「兄上はお前の容姿に惑わされるような方ではない。本気……なのだろうな。兄上に本気を出されたら、俺でも妨ぐのは難しい。だが、エリアスは応える気がないのだろう?」
「まあ、今のところはないですね」
「それなら、できるだけ兄上に近づくな。俺もできることなら助けてやるが……期待はするなよ」
「ありがとうございます」
これほどまでに、自信なさげにしているトリスタンを見るのは珍しい。それだけセドリックが王子としても、騎士としても優秀なのだろう。
第二王子は今まで柔和な仮面を被っていただけで、優秀な本性を隠していた。
そのことを今まで知らなかっただけでなく、エリアスはセドリックのことを何も知らない。
まったく先を予想できず、これからどうなってしまうのか。
不安ではあるけれど、自分でなんとかするしかない。
それでも考えてすぐに解決策が浮かぶようなら、ここまで悩むこともない。
なんとなく、エリアスの厄介な立場さえも、セドリックは利用してしまいそうな気がする。
そこまでしても何ら不思議のない男相手に、どこまで対抗できるだろうか。
どうしたものかと頭を抱えながら、午前中は時間が過ぎていった。
最近はどこにいても隠れるように過ごしていた。いつどこでセドリックが現れるか、警戒していたのだ。
どうやって対応しようかと考えていたのだが、あの宣言をされた日から会うことは一度もない。
拍子抜けする日々が続いた。警戒を緩めることはしないけれど、こうも平和な日が続くと気が抜けてしまう。
それから数日が経った午後。
この日もよく晴れた日だった。
この後、近衛騎士としての仕事はなく、エレオノーラの庭園に行く予定だった。
珍しく実母から呼び出されたのだ。
ここ最近セドリックのことを考えていて、ずっと心は晴れない。今は庭園に思いを馳せるだけにしようと考えを払うように頭を振る。
これからは隠れるようにしてエレオノーラに会わなくてもいいのだと思えば、ロベルトの息子だと知られても悪いことばかりではない。
薬草園へ向かう途中、対向から貴族が歩いてくるのが見えた。
確かどこかの領の伯爵だったと思う。ぱっと記憶が出てこないのなら、あまり政治的に重要な人物ではないのだろう。
通り過ぎようとしたところで、男に呼び止められた。
「これはこれは、サザランド殿ではありませんか。いつ見ても麗しく、美しいですな」
相手はどうやらエリアスのことを知っているらしい。仕方なく記憶の棚を探ると、第三騎士団に所属している騎士の父親だと思い出した。
ついでのように、以前も同じ騎士団の騎士に絡まれたことも思い出した。
「最近よくない噂を聞きます。サザランド殿の周囲も騒がしいでしょう。まあ、あなたは容姿もよく素晴らしい騎士だが、元はただの平民ですからね。そればかりは、誰であろうとどうしようもできない」
第三騎士団はシルヴェスターが所属しているとはいえ、周りには厄介な人間が多くいるようだ。
義兄のことを考えると、自分のことでも迷惑をかけているのに、気苦労ばかりで大変だと思う。
エリアスのような素行に問題のある人間が近衛騎士団に所属していることや、騎士としての態度が気に食わない人間はこの伯爵だけではない。
それだけではなく、平民の出身が気に入らないという貴族から絡まれることもある。
もともと平民の遠い親戚として、サザランド伯爵家に籍を入れたことになっている。
今までもそのことで絡まれることは多かった。